2018年1月11日 俳優になりたい人のノート

俳優になりたい人の日記

収録前、エリカさんが前を歩いていた。
(※コント千本ノック300日目くらい。エリカさんは相方)

ニット帽にドカジャン。

駒込のアゼリア通りの切れ目を左に曲がると、

駐車場の自販機に大きく「故障中」とあった。

どうみても物理的にぶっこわれてる。

ディスプレイの透明カバーがバッキバキに割れ、サンプルはごっそり抜けてた。

おもわず噴き出して、エリカさんに声をかけて、見てもらう。

そんなにウケなかった。

エ「こんなとこ壊してどうするんだろう。見本とってどうするの?」

阿「事故でしょ。こういうのがぶつかったとか」

近くの工場に止まっていた軽トラの荷台、木材を指さしながら言った。

「長野さむかった?」などと話しながらスタジオへ。
(※エリカさんは長野に里帰りしていた)

今後のコントのことなどを話しながら準備を進める。

一個目の幽遊白書ネタでちょっとまごついたが、9本を無事撮り終える。
(※2時間で5分ほどのコントを6~9本とっていた。エリカさんは台本初見である)

帰り道、新橋に直接向かうことにした。
(※この日は大学時代に付き合っていた女の子Aと会う約束をしていた)

こころがざわざわする。また彼女のことを考えている。
(※「彼女」は2017年の夏まで付き合っていた、結婚を考えていた人。Cとする)

演技に夢中になっている時は考えずにいられたのに。
(※この3か月前、2017年10月からT1projectで演技を学びはじめた)

夢中にさせてくれ。夢中にさせてくれていたら、その間はわすれられるのに。

新橋の駅は勝手がわからない。

カラス森口と反対にでれば良さそうだが、新橋ビルの方に出てしまった。

左側の商店街に食べ物をさがす。

寿司屋のまぜそば?うーん。ギョーザ?うーん。

諦めてマンガ喫茶の方に向かう。

一本入った路地に油そばがあった。

ニンニクたっぷり入れて、いつもの1.5倍食べた。

マンガ喫茶では、「センゴク」の最新刊と「砂の栄冠」を詠んだ。

撮ったコントの編集作業をしようと思ったけど、夢中になっていないとつらい。

一個だけ動画作ってアップした。

WIFIが遅くて、途中からテザリングに切り替えて10分延長するはめになった。

マックでも作業した。

Aは結局30分遅れてきた。

白髪交じり。軟骨にピアス。

結婚していて、旦那は単身赴任。

イメージ通りの35歳だ。

私もCも、若作りなんだなと思った。

「かわらないね。あいかわらず、かっこいいね」

私は、取り残されたと感じていた。

Aは共通の知人Bから、なんとなく私の話は聞いていたらしい。

落ち込んだ時には、SNSで私の名前をぐぐったりしたらしい。

残念ながら、何の感慨もわいてこなかった。

だけど、

「現代芸術ってみたとき、君らしいな、と納得したよ」

と言われたのはうれしかった。

他にも、親友と呼べるような距離感の人は、「現代アート」に妙に納得してくれる。

Aは私のことをみてくれていたんだ。

とりとめのない、わたしの迷いをただぶつけてしまっている2時間だった。
(T1projectのワークショップで「感情」の大切さを説かれ、私は混乱していた)

「君のその迷いというか、弱いところも好きだけどな」

Aは言った。

「けどな、あの私がサイフ落としたとき、あの時「都会の人だ」っておもったんよ」

Aがサイフを落とし、交番に二人で行ったら、ちょうど中学生くらいの女の子がサイフを届けてくれたところだった。

ありがたい、と思いながら、私はその場で1割を渡そうとした、

が、Aが慌てて止めて、後日お菓子を送った、というエピソードだ。

「あれは、えっ!って思った。違うんだな、って思った。あのあとあの子から、お菓子ありがとう!ってかわいいお手紙来たんだよ」

違う。

そうだ。私は他人との距離感が違う。

「お礼は一割」と決められていることは、ありがたい。

都会のよそよそしさは、ありがたい。

なぜなら、母は都会に逃げてきた人間だから。

人と人との距離もシステムに定められていて、

自分のことさえしていれば一人で生きられる。

それは素晴らしい世界のはずだった。

むしろ、定められたルールをやぶって、自分基準のお礼をするのは失礼だ、と思っていた。

いまも思っている。

「あたしね、丸の絵ばっかり描くおじさんに可愛がられててね、何人も奥さんいて、子供も沢山いて、住所不定でね、たまにハガキくれるのよ。Aちゃん笑ってますか?って。そのおじさんが死んだときかな。あたしバスで駆け付けて。わたしとは全然関係ないところで生きてるのに、あたしに笑顔でいて欲しいと思ってる人がいる。そう思ったら、医者になれなかった自分もすべて受け入れられたんだよ」

「笑顔でいることを強いられてる、とは思わなかったの?」

Aはまた変な顔をした。

Bが合流した。

私はBと話すモードになった。

Bは少し太った。

結婚生活のこともなんもかもAには話してるらしい。

不思議な感じがした。

「さみしがりやだからね」

とAは言った。

「子供はほしいな。子供つくるとかしないと、俺これ以上成長でけへん気がして」

と、Bが言った。私は驚いた。子供は成長の道具か。そもそも成長なんてしたいのか。

「Aはさ、よくそんなマスマーケティングなんてできるよな」

「苦手やけど、違う人がおるんやな、って思うくらいよ」

「アホ相手に商売したくなくない?」

「うーん、広告の漢字減らしてって言われた時はびっくりしたけど、アホやと思ったことはないよ。わたし、ひとのこときらいになれへんのよ」

帰り道、Aとの距離は近かった。

「Bはな、自分に自信が無いねん。自信が無いから、だれかを見下さんと生きていけへんのよ 嫌やけどな」

手は、触れていた。私の意思次第で、抱き寄せることも、泊まる事もできる距離だ。

しなかった。Aは東京発の中央線始発に載らず、わざわざ神田まで来てくれた。

「またね」

別れた後、私は鶯谷でお腹痛くなって降りた。

こころはざわついたままだった。

ツイッターでCの名前を打つ。予測変換では出てこなくなった。

こうして、距離はすこしずつひらいていく。

夜ねむれずに、Cに電話してしまった。

それでもねむれずに、むかし私のことを好きだと言ってくれていた別の女友達にも電話した。

ねむれない。精神状態がやばい。

「やばそうだな、と思ってた」と言ってくれた。

Cのことは、「3人いたセフレがみんないなくなった」と伝えた。

彼女は、

「自分を変えようとしたら傷つくもので、その選択は正しいとおもうよ」

と言ってくれた

あと、すごく遠回しに、死なないで、と言った。

死ぬなんてことは全く考えもしなかったけど、余所から見るとそう見えるのか。と思った。

翌日、新年初のT1projectのワークショップに行ったら立ち直った。

夢中になれるもの、つまり、芝居の存在が復活したからなのか、

それとも、役者仲間に「月40万稼げば芝居しながら生活できるよ」と言われ、

目標が出来て安心したからなのか、わからない。

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